ヴァリアントマネジメントカレッジ宗教と正気さについて

仮に「宗教」を、「何かを信じたり信仰したりすること」だと考えるなら、正気さというものは、その逆に存在することになる。
神、仏、教祖、お金、学歴、会社、ナポレオン=ヒル、父親、先輩、・・・多くの「宗教」が存在する。

なんにせよ、自分自身の観察力と純粋な思考力を駆使せず、上記のようなものに依存するならば、すでに「宗教」だと思う。

しかし、そんな純粋な観察力や思考力が存在するのか、と思われるだろう。

「神は死んだ」と、上記のような、あらゆる「宗教」を否定したニーチェは、結局のところ反対の方向、否定の方向へと、意固地になって、「少しだけ多く」進みすぎた。

「おしい」人だった。

本当にニュートラルで、その時、その時の新鮮な瞬間において、ゆるぎない確信をもって、自分に対する客観性を維持しながら、ものごとを観察したり判断したりすることはできるのだろうか。

「真の観念をもつものは、同時に自分が真の観念をもっていることを知り、その真理について疑うことができない。」
(スピノザ 『エチカ』 二部 定理45)
スピノザは、まさにそれが可能なんだよ、と言っており、むしろ、疑いの中や妄信の中にいることよりも、「目からうろこ」が完全に最後の一枚まで、はがれ去って、裸眼でものごとを見る境地こそが、真実だと言っている。


少なくとも、一流の経営者は、程度の多少はあれ、そうすることができた。
少なくとも、自分がそうできていることに、確信をもっていた。

ヴァリアントマネジメントカレッジでは、初期のプログラムとして、ピーター・ドラッカーが、『マネジメント』の中で、マネージャーに最も不可欠な要素として強調した、Integrity (真摯さ、誠実さ、高潔さ)について、学んでいきます。
Integrityとは、まさに、それをする能力のことです。


経済的にも、精神的にも、自分自身の足で立つ、自立した経済人を育てていきます。

なお、ヴァリアントマネジメントカレッジは、宗教そのものを否定するつもりはありません。程度はどうであれ、正気さの程度を向上させるものであれば、それは、良いものだと思いますし、判断力をより健全なものにしていく活動であれば、それは良いものだと思います。
ただそれらが独善的、排他的になったときの、害悪について指摘しているだけです。

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